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2006年09月18日

江戸絵画にしびれたワケ

『1845年・江戸時代(1603年ー1867年)末期。派手な恰好をして鉦や太鼓を鳴らし、愉快な口調で飴を売る「飴売り」という仕事が有りました。
その仕事をしていた「飴勝」という青年が、飴を売る以外に宣伝だけを請け負う仕事を始めたのが、チンドン屋さんの始まりです』

という、歴史がチンドンにはあります。その後の流れも大変面白いのですが、今回はここだけが重要です。

この「飴勝」さんかはわかりませんが、先月、東京国立博物館でやっていた「プライスコレクション・若冲と江戸絵画」展で、ぐうぜん「飴売り」の絵を見つけました。
会場は混み合っていましたが、この掛け軸の前には人だかりはなく、ジーックリ見られた。
あ〜江戸時代に本当にいたんだなあ、、、と感動。

メインの若冲作品は、それはそれはかっこいいんですけれど、国内ではずいぶん長く正当に評価されていなかったのだそうです。
理由は当時主流の流派のやり方ではなかったから。異端だったから。今も昔も日本のちっちゃい感覚って変わらないのね。。格好悪いし、もったいないっすよ。
今やアメリカ人のプライスさんが日本人よりも江戸絵画を愛し理解している大コレクターというわけです。

高級図録「若冲大全集」(73,500円、、、無理ですな)のフライヤーに寄せたプライスさんのコメントがこれ↓
『江戸時代の絵画を傑出したものにしているのは、画家達の非凡な腕前である。それは区間の巧妙な処理、すなわち、型にはまらない構図と、画家の自然に対する把握力だけでなく、何よりも、心象風景を自らの絵に移しかえる能力である。ジョー・D・プライス』

しびれた。。展覧会に行った人なら、このコメントが江戸絵画を言い当てているのはとてもよくわかると思いますが、それよりも芸術家でなくてもだれでも日本人なら、こういった感覚は日常的に以前はあったか、今もあるのではないかなあと。
つまり、自分が唄や音楽を聴いたり奏でたり、料理や映画や文章や会話でも、、いろんなことで何だか心がザワザワする表現は、絵に限らずとも「型にはまらない構図で、心情風景を自らの絵に移しかえてる」ものなんじゃあないかなと。もっとリアルに大らかに感じたいなあ。

時代も国も自由に吹っ飛べる展覧会に行くのは気持ちいいっす。文学も映画も音楽も同じですが、絵は作家との距離が近くて濃い〜ディープに向き合う。だからあんまり入り込みすぎるとどんどんマイワールドへいっちゃうから気をつけて生活しているつもりですが、近頃はいろんなとこにいっちゃってる時間がちょっと多いかも。。

usagiya : 2006年09月18日 10:50


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